ドイツワイン物語

【販売中】書籍『ドイツ話飲物語(わいんものがたり)』が上梓されました

2019.12.23

          このたび(一社)日本ドイツワイン協会連合会HP『ドイツワイン物語』を連載中の当連合会木下勝実顧問が自著『話飲物語(わいんものがたり)』を上梓されました。 自身は名誉ケナーとして日本ドイツワイン協会連合会設立とドイツワインケナー試験創設と長年に亘りドイツワインの普及に尽力され、その集大成として『ドイツの文化とドイツワイン』の関係を自らの経験と知識を基に、項を改めて35話四色刷りの挿絵を添えて『話飲物語』として纏められました。 特にドイツワインの歴史、文化について自身のエピソードも交えた教本には無い大変興味深い内容となっています… もっと読む »

幻のシュタインベルガー

2019.08.07

ドイツワイン最高の権威・故ハンス・アムブローズィ博士が自著の「銘醸ドイツワインの故郷」で最も多くの頁を割いて『私のノートではドイツ最大の国営農場・・・』として、エルトヴィレ国営ワイン醸造管理所について述べ、クロスター・エーバーバッハ・フェアや、ワインオークションを後援している農場の、二つのレストラン・ブフォルテンガストシュテーテとコロスターシュンケで、農場を代表する、シュタインベルガーで杯を上げることを奨めています。 12世紀に修道僧によって開拓されたシュタインベルク畑を始めとする農場は、19世紀に還俗されナッソー公爵領になり、その後プロシヤ帝国の国有地となり、国章だった鷲のデザインを紋章とし… もっと読む »

ワインは『樹芸』!

2019.07.02

 明治初期に提唱された殖産興業政策を主導し、日本のワイン産業の先駆者とされる維新の元勲・大久保利通の資料を繙いていた折も折、目に飛び込んできたのが、NHKの大河ドラマ「西郷(せご)どん」の最終回の場面だったのです。  明治維新の立役者・西郷隆盛は、王政復古を成し遂げながら、政府の方針に反旗をひるがえし、明治十年(1877)の西南戦争で銃弾を受け自刃し、これを知った大久保が号泣しながら「吉之助、吉之助、吉之助!」と叫び、自身も翌年紀尾井坂で刺客に襲われ「未だ未だ、未だ未だ・・・」と口走りながら息を引き取る壮絶な画面だったのです。  大久保がその日の朝、福島県令・山吉盛典に対し「過去十年は戦乱の時… もっと読む »

酒神・ディオニソス(バッカス)

2019.05.10

神とは、神という絶対的な存在があるわけではなく、神とそれを信じる人々との相対関係であるという説を受けて、広辞苑の『神』の定義を覗いてみますと、第一義に「人間を超越した威力を持つかくれた存在。人知を以ってはかることのできない能力を持ち、人類に禍福を降すと考えられる威霊。人間が畏怖しまた信仰の対象とするもの」、第二義に「日本の神話に登場する人格神」、第三義に「最高の支配者」、第四義に「神社などに奉祀される霊」、第五義に「人間に危害を及ぼし怖れられているもの」第六義に「キリスト教で、宇宙を創造して歴史を司る全知全能の絶対者」などと広範囲に及んでいることが分り、日本人が八百万(やおよろず)の神を祀って… もっと読む »

ノアの方舟伝説

2019.04.17

原始時代の人類が自然の恵みを求めて採集・狩猟の生活から、より安定と効率を求めて農耕・栽培・畜産。養殖の生活に移行し、さまざまな文化・文明を生み出し、その歴史が時代の変遷を経て現代に引継がれてきたのです。 ワインの歴史もその一つで、最初は野生の葡萄から自然発酵した果汁の摩訶不思議な飲物を神の恵みと敬い「生命の水」と讃えながら生活に溶け込むにつれて、果実の選択・栽培へと進化していったと考えられてきたのです。 その後、ワイン醸造の革命とも言うべき人の手による葡萄の栽培が、何時、誰によって行われたかを探ろうとした試みが、旧約聖書の巻頭に載った『創世記』の西暦前4000年を元年とする年表を引用した、ドイ… もっと読む »

ワインの誕生と遍歴

2019.03.23

地球上の人類の種族を大きく分けると、コーカソイド(白色人種群)、モンゴロイド(モンゴル人種群)、ネグロイド(黒色人種群)で、現在はユーラシア、アフリカ、オーストラリア、南北アメリカ、南極などの大陸に混在し、その歴史を解明する方法として、遺跡発掘などの出土品から判定することがあります。 この方法によって、ユーラシア大陸に分布したコーカソイドと、モンゴロイドの原始時代の文化・文明が明らかにされていますが、ワインの誕生もその一つで、1969年に西アジア(中近東)のシリアの首都ダマスカスの近郊の遺跡から出土した、壺とその中に残っていた葡萄の種から紀元前約6000年頃ではないかとされているのです。 しか… もっと読む »

国歌とワイン

2019.02.21

国歌の語義は広辞苑によると、「国家的祭典や国際的行事で国民および国家を代表するものとして歌われるもの」となっていますが、最近、日本ではサッカーのワールドカップやプロ野球の会場でも歌われ、すっかり庶民に溶け込んで、国歌が近代西洋に生まれ、外交儀礼として演奏された本来の目的とは異なった歌われ方がされています。 日本国歌は開国した幕末に、十世紀に編纂された「古今和歌集」の中の『我が君は 千代に八千代に さざれ石の いわおとなりて 苔の蒸すまで』の元歌から「我が君は」を「君が代は」に代えて曲を付けたとされています。 当時、和歌での「君」は天皇のことを指していたことから、戦後G・H・Qから歌うことを禁止… もっと読む »

王侯貴族とワイン

2019.02.02

ドイツのワイン文化史から、王侯貴族、権力者達にとってワインは単なる飲物ではなく、美酒とそれを造る酒蔵を所有することが、権力の象徴として一つのステータスだったことが分ります。約八千年前、メソポタミアのシュメール人によって、初めて造られたとされるワインが、ドイツに伝えられたのは、紀元前一世紀、古代ローマ国王・カエサルのガリア遠征の折、居城を築いたモーゼル・トリアーで、兵士達にとって必要不可欠なワインを、土着のクルド人に造らせた時とされています。 三世紀に入るとローマ帝国の国王・プロブスによって、ライン河流域に拡がり、更に八世紀半ばから九世紀初頭にかけて、ヨーロッパに覇を唱えたフランク王国のカール大… もっと読む »

酒と音楽とお国柄

2018.09.03

 昨今、宮中行事の一部始終が記事になることは少なくなりましたが、昭和54年(1979)、東京で開かれたサミットに参加した先進国7ヶ国の首脳等を招待した、天皇陛下主催の晩餐会における、首脳の席順、出された飲物、演奏された音楽などの宮中行事の一端と、参加国のお国柄などを、窺い知ることが出来る興味深い記事を、当時の朝日新聞は次のように載せています。 『出席者は53人、席次は上席から元首、その他の首脳は在任期間の長い順、閣僚は国名のABC順、駐日大使は着任の古い順と定められ、豊明殿に導かれた招待客は、青いラン、ピンクのバラに彩られた、細長いメーンテーブルに導かれ、着席された天皇陛下の右隣に仏大統領、常… もっと読む »

首脳外交と贈り物

2018.08.09

 国際化が進んで各国の交流が盛んになると、首脳同士が往来することも珍しくなく、作今はあまり話題になりませんが、半世紀程前までは、首脳会談の際に贈られた土産品が話題に上ることが珍しくなかったのです。中でも昭和47年(1972)の日中国交正常化で、中国首相から贈られた「パンダ」は日本国民に大きなインパクトを与え、その後も日本で絶滅されたとされた、国際保護鳥「トキ」のペアが贈られたことがあったのです。 これは、過去敵対関係のあった国からの贈り物で、日本人が目にすることのなかった愛らしい「パンダ」や、国際保護鳥の「トキ」だったこともあって、外交の成果として双方の国民に好意を持って迎えられ、国際親善に大… もっと読む »

魅惑のワイン試飲会

2018.05.29

ワインの.試飲会には一般の愛好家が集まって、新しいヴィンテージ・ワイン、古希ワイン、珍品ワイン、入手困難な特殊ワインなどの味を楽しむ試飲会と、プロが集まって真剣にワインの味香、品質、価格、銘柄などを吟味し、商業目的の商品として適格かどうかを評価する試飲会があります。 1960年代、日本のワイン文化の黎明期に、光学製品、医薬品を扱ってきたドイツ系商社が、畑違いのワインを輸入するに当たって、開いた試飲会もその一つで、当時のワイン事情を窺うことができます。 銘醸ワインを選ぶ目的で開かれた試飲会に参加した社長、役員、部長のうち、ワインに通暁した社長と、第二次大戦中ドイツに留学経験のある薬品部長を除く、… もっと読む »

先進国首脳会議(サミット)余話

2018.03.19

1979年、世界をリードする先進7カ国の宰相が一堂に会する、先進国首脳会議(サミット)が、大平首相の下で初めて日本で行われました。 この会議は、1975年、2年前に襲った第一次石油危機によって、問題を抱えた国際経済を立て直すため、第2次世界大戦を敵味方に分かれて死力を尽くして戦った、アメリカ、イギリス、フランス、などの連合国側と、日本、ドイツ、イタリアの枢軸国側の首脳によって会議が持たれ、その後、カナダが加わり、毎年、持ち回りで開催する国際会議となったのです。日本で初めて開かれた会議は、再び世界を襲った第二次石油危機に伴う「エネルギー問題」が主題となり、そのことを伝える新聞記事は、余談として皇… もっと読む »

日本を救ったモーゼルワイン

2018.02.27

NHKで平成21年(2009)の暮れから放映されたスペシャル・ドラマ司馬遼太郎原作・「坂の上の雲」の興味深い記事が、放映半年前にドイツのモーゼル醸造組合長から送られてきたドイツぶどう栽培新聞に、『モーゼルワインは既に1885年から日本に! 今新たなドラマ化決定』というタイトルで次のように載っていたのです。 「1884年9月、日本の大山巖将軍が、プロイセンの参謀将校を、陸軍大学校に教官として招聘するためベルリンを訪問し、この要請を受けた陸軍大臣・ゼレンドルフは、参謀総長・モルトケにその選任を命じた。モルトケは部下のメッケル少佐を呼び、日本での任務の遂行について彼の意向を尋ねると、彼はこの突然の提… もっと読む »

ドクターワイン

2018.02.15

ドイツワインは、原料ぶどうの大半が育った畑名を銘柄として市販されるのが特徴で、その命名は誰いうとなく命名され受け継がれたものから、宗教的なもの、泥臭い農民的なもの、滑稽素朴なもの、ロマンチックなもの、奇抜のものとさまざまです。なかでも、伝統と名声を誇る銘醸ワインの銘柄には、興味深い命名由来が残されていますが、ドクターワインのように誤って流布されている物語もありますので、ドクター畑地下のセラーに残されている命名由来をあげておきます。 「トリアーの選帝侯がランズフート城に滞在していた時、重い病に罹り、侍医からも匙を投げられ、最後を悟った候は“最後の時が来たようだ。どんな飲み薬でも儂の命を救うことは… もっと読む »

ベートーヴェンとワイン

2018.01.16

ゲーテワインを生んだブレンターノ家のサロンに唯一姿を見せなかったとされるベートーヴェンは、1792年22歳の時に音楽修行のためウイーンに移住していて、ゲーテを中心とした芸術家仲間とワインを楽しんだエピソードが残されていないのには、こんな事情があったと考えられます。しかし、モーゼルの中流トリッテンハイム付近に彼の姉の子孫が、造っているベートーヴェンの肖像と楽譜のエチケットが貼られたワインがあり、ドイツワインファンにとっては、どうしてもこの物語に登場して頂かなければなりません。 芸術家が酒を愛して傑作を生みだしたエピソードは枚挙に暇がありませんが、ベートーヴェンもまたワイン好きだったと思わせる史実… もっと読む »

シューベルトとワイン

2017.11.19

ベートーヴェンワインの由来について触れた時、ベートーヴェンに比肩する名声を得て、日本でも多くのファンに愛されているシューベルトの名前が脳裏をよぎりました。 オーストリアの作曲家とドイツワインが、何らかの関係があるのではないかと脳裏をよぎったのは、モーゼル地方の五大銘醸ワインの一つに数えられていた、名門醸造家のシューベルト家のワインを愛飲していた記憶が残っていたからです。 マクシミン グリュンホイザー ヘレンベルク(Maximin Gruenhaeuser Herrenberg)のきびきびしたエレガントな酸を持ち、すぐれた、フルーティーなバランスの良いワインの醸造元・シューベルト家は、モーゼル河… もっと読む »

シラーとワイン

2017.09.12

  ゲーテと並んで同時代の文壇を代表する大詩人フリードリッヒ・フォン・シラーもワイン好きで知られていますが、彼の愛飲したワインはアルコール分の高いブルゴーニュワインの赤だったと伝えられ、この欄にご登場願うのはお門違いの気がしないでもありまませんが、ヴェルテムベルク地域に彼の名を冠した混醸ワインがあり、また、彼の存在感は今でも日本人の多くの人を惹きつけていることを考えると登場して頂かないわけにはいきません。 混醸ワインは法的には赤ワインでも白ワインでもない独立したワインで、赤ワイン用のぶどうと白ワイン用のぶどうの果実どうし、または赤、白の絞り果汁どうしをブレンドして醸すもので、シラーワ… もっと読む »

ゲーテとワイン

2017.08.01

文豪ゲーテはワイン好きで知られていますが、「ゲーテが日本のワイン文化に影響を与えた・・・」という奇想天外の話しをどれだけの人が信じるでしょうか?この物語を解く鍵は、約半世紀前の1960年代日本のワイン文化の揺籃期に、医化学薬品、光学製品などを輸入販売していたドイツ商社・シュミット社が、専門外の当時は水商売と見なされていたワインの輸入を始めたことにあります。 シュミット社は1668年創業の医化学薬品業界では世界最古の歴史を誇るメルク社の日本総代理店として、医薬品輸入と同時にメルク社から年に1000本を超すワインをプレゼントされ通関していたのです。しかし大量のプレゼントに不審を抱いた税関から通関を… もっと読む »