ドイツワイン物語

ドクターワイン

2018/02/15

ドイツワインは、原料ぶどうの大半が育った畑名を銘柄として市販されるのが特徴で、その命名は誰いうとなく命名され受け継がれたものから、宗教的なもの、泥臭い農民的なもの、滑稽素朴なもの、ロマンチックなもの、奇抜のものとさまざまです。なかでも、伝統と名声を誇る銘醸ワインの銘柄には、興味深い命名由来が残されていますが、ドクターワインのように誤って流布されている物語もありますので、ドクター畑地下のセラーに残されている命名由来をあげておきます。
「トリアーの選帝侯がランズフート城に滞在していた時、重い病に罹り、侍医からも匙を投げられ、最後を悟った候は“最後の時が来たようだ。どんな飲み薬でも儂の命を救うことは出来ない。何処の誰でもよい、儂の病気を喜んで直すと申し出た者を即座に城への立ち入りを許し、若し快癒したなら、豪華な褒美を遣わそう。直ぐに領内に触れを出すように”と命じたのです。しかし、国中から持ち込まれた薬を試してみるが一向に回復の兆しはなく、落胆しているところに一人の老農夫が樽を背負って現れると、花の香りの豊かな金色に輝く液体を樽から取り出し“殿様!この薬をお飲みください。そうすればすぐに元気になりましょう”と勧めると帰っていったのです。候は半ば諦めながらその薬を口にすると、その味のあまりに美味しさに次の日は二杯、そして一週間後に八杯も飲んで、病気はすっかり良くなっていたのです。すっかり薬の虜になった候は老人とその飲み物から離れられなくなり、二人でグラスを傾けながら、候は老人を褒め称え、老人はぶどう栽培について語ったのです。それを聞いていた候は “命の芳香が育つぶどう農園を儂に売ってくれまいか?そして、医者畑と名付けることにしよう!”と頼みこんだのです。しかし、老農夫は“殿様、私が死ぬまで、お客様が居なくなるまで、それから相続人がいなくなるまでお待ちください。私達は最高に愉快な共同生活を楽しんでいるのですから、殿様は私どものワインをお飲みくださればよいのです”と断ったのです。それから候は老農夫のワインを飲み続け、『ドクターワイン』と呼ばれるようになったワインは、今でも病人を元気にし、元気な人はもっと快活になって喜ばれているのです」
これに対して、日本で流布されてきた物語の結末は「・・・病が癒えて喜んだ領主が“なんなりと望みの物を申してみよ!”と云うと、“年寄の身で今更なんの望みがありましょう”と断るが、領主のたっての言葉に、“では、このお城から見えるあの畑を頂けますか?”と望みの物を口にし、領主は老農夫の願いを聞き入れると“畑名を『医者』と名付けるように”と命じた」となっているのです。
この物語がどのような経緯を経て作られ流布されたのか今では知る由もないですが、その是非はともかくこれらの異なる二つの物語から当時のワイン造りの農民気質を知ることができ、特に領主から頂いたものだと思っていた畑が、実は元々老農夫のもので、それを領主が譲って欲しいと願い、老農夫がやんわりと断わるというやりとりの物語から、薫り高いワインは主人、家族、客等が力を合わせ、最高に愉快な生活の中でこそ造られるという秘められた教訓が汲みとれます。