ドイツワイン物語

国歌とワイン

2019/02/21

国歌の語義は広辞苑によると、「国家的祭典や国際的行事で国民および国家を代表するものとして歌われるもの」となっていますが、最近、日本ではサッカーのワールドカップやプロ野球の会場でも歌われ、すっかり庶民に溶け込んで、国歌が近代西洋に生まれ、外交儀礼として演奏された本来の目的とは異なった歌われ方がされています。
日本国歌は開国した幕末に、十世紀に編纂された「古今和歌集」の中の『我が君は 千代に八千代に さざれ石の いわおとなりて 苔の蒸すまで』の元歌から「我が君は」を「君が代は」に代えて曲を付けたとされています。
当時、和歌での「君」は天皇のことを指していたことから、戦後G・H・Qから歌うことを禁止され、その後、なしくずしに国内の行事・祭典に歌われるようになり、一九九九年に改めて「国旗国歌法」として法制化されたのです。
グローバル化した世界では、各国が外交儀礼始め、会議、スポーツなどに歌われる国歌またはこれに代る音楽を持つようになり、国歌からその国の成り立ち、民族性、国家観、体制、文化度などを窺うことができます。
中でも、ワインフアンが見逃せないのは、ワインが詠いこまれているドイツ国歌の二章節『ドイツの女性 ドイツの信義 ドイツのワイン ドイツの歌は 伝統と堅実を誇り 我々に全ての気高さと勇気を与える ああ! ドイツの女性 ドイツの信義 ドイツのワイン ドイツの歌よ! 』(筆者訳)です。
ドイツ国歌は、1797年にヨゼフ・ハイドンが作曲した「皇帝四重奏」の旧オーストリア皇帝を讃えた「神はフランツ皇帝を支えた」の替え歌として一八四一年、ホフマン・ファラースレーベンがヘルゴランド島で作詩し、1922年、ナチス政権によって国歌に採用されたのです。
しかし、第二次世界大戦の敗戦によって、一章節の『ドイツ、ドイツ、世界に冠たるドイツ! ・・・』の歌詞から始まる国歌は一時歌われなくなったのですが、公的に三章節の『我らの団結、正義 そして自由を母なる国ドイツへ! その目的に、皆心身ともに捧げよう 団結、正義、自由こそ 幸福の礎 この幸福の光の中に栄あれ 母なる国ドイツ!』(筆者訳)だけを詠うことを条件に1952年国民の大多数の賛成で三章節すべてが再度国歌に採用されたのです
さて、日本国歌と女性・信義・ワイン・歌などが詠いこまれているドイツ国歌と、更にネット上に公開されている先進国、米・英・仏の次のような国歌との彼我の差を、どのように感じられますか?
『おお! 見えるだろうか 夜明けの薄明り中 我々は誇り高く声高に叫ぶ 危難の中城壁の上に 雄々しくひるがえる 太い縞に輝く星々を我々は目にした 砲弾が赤く光りを放ち 宙で炸裂する中 我らの旗は夜通しひるがえっていた ああ 星条旗はまだたなびいているか?自由の地 勇者の故郷の上に!』
『神よ! 我らが慈悲深き女王を守りたまえ 我らが高貴なる女王陛下の永らえんことを 神よ!幸福そして栄光を捧げよ 御代の永らえんことを 神よ 我らが女王陛下を守りたまえ!』
『行こう祖国の子等よ! 栄光の日が来た 我らに向かって暴君の 血まみれの旗が掲げられた 聞こえるか戦場の残忍な敵兵の咆哮を! 奴らは汝らの元に来て 汝らの子と妻の喉を掻き切る! 武器を取れ市民らよ 列を組め 進もう進もう 汚れた血が 我らの畑の畝を満たすまで!』