ドイツワイン物語

幻のシュタインベルガー

2019/08/07

ドイツワイン最高の権威・故ハンス・アムブローズィ博士が自著の「銘醸ドイツワインの故郷」で最も多くの頁を割いて『私のノートではドイツ最大の国営農場・・・』として、エルトヴィレ国営ワイン醸造管理所について述べ、クロスター・エーバーバッハ・フェアや、ワインオークションを後援している農場の、二つのレストラン・ブフォルテンガストシュテーテとコロスターシュンケで、農場を代表する、シュタインベルガーで杯を上げることを奨めています。

12世紀に修道僧によって開拓されたシュタインベルク畑を始めとする農場は、19世紀に還俗されナッソー公爵領になり、その後プロシヤ帝国の国有地となり、国章だった鷲のデザインを紋章とし、他の州の国営農場もこれに準じたことから、ドイツワインの信頼度が一段と上がり、1895年産のプロシヤ国有地産のオリジナル・ボトル・シュタインベルガー一本が、2800ドイツマルクで競り落とされた記録が遺されています。

1960年代日本に輸入されたドイツワインは、日本人に馴染みのなかった国営醸造所の鷲のエチケットに人気が集まり、そのことを知ったイツの新聞社が、『東京で独創的な普及活動、真の独逸ワインが日本で歓迎される!』の見出しで、そのブームを演出した日本人について『クロスター・エーバーバッハに世界25カ国のワイン専門家を集めた国際ワイン会議は大変な賑わいで、あたかもバビロンの再現であった。22種類の最高のワインが試飲に供され醸造所所長が解説し、会がたけなわになり始まった土地のダンスと歌に、人々は手拍子を打ち鳴らし、最高の気分に浸っていた。その間、日本の客は少しの酔いも、感情の昂りも見せず、微笑を漂わせ控えめの態度に終始し、誰もこの人たちを見透かすことはできなかった。しかも驚くべきことに、謎のような日本文字につづいて『元詰、純粋酒』なの言葉がドイツ語で散りばめられているパンフレットを持参していた。遠い東洋で独逸ツワインの紹介に払われている、このような努力に我々は感謝しなければならない。そして、この日本人達が絶えず微笑をたたえながら、エバーバッハの僧院で言ったように成功を収めているのなら大いに喜ばしいことだ…』と、驚きを持って伝えたのです。

石山ワインで唯一畑名だけを名乗ることを許された、クロスター・エーバーバッハ国営農場産のシュタインベルガーは、1933年、ナチス政権が樹立されると、それまでの首を右に向け羽ばたく鷲のデザインから、首を左に向けた鷲がナチスの紋章・鉤十字(ハーケンークロイツ)を胸にし、両足に剣と四つの矢印の表示器をもったデザインに変えられたのです。

時の権力者が歴史と名声に包まれた農場の紋章を変えることで、威厳を内外に誇示する手段に使い、権力者の没落と共に消え去った幻の1934年産のシュタインベルガーが、巡り巡って日本に持ち込まれて試飲に供されたことがあります。

常連客に交じって黒い服に身を包んだ見知らぬ客という取り合わせに違和感を覚え、後にナチス所縁のワインの試飲会を伝え聞いたネオナチの人達だと聞かされ驚いたことがあります。

エチケットの中央にヴィンテージと畑名が配したシンプルなデザインは、國を代表する醸造所産の威厳と品格を備え、40年近い年月を経て更に熟成した味と香りを漂わせ、アムブローズィ博士が讃えた『エレガントで生き生きした酸のワイン』の味香は参加者全員に大きな感銘を与えたのです。