ドイツワイン物語

首脳外交と贈り物

2018/08/09

 国際化が進んで各国の交流が盛んになると、首脳同士が往来することも珍しくなく、作今はあまり話題になりませんが、半世紀程前までは、首脳会談の際に贈られた土産品が話題に上ることが珍しくなかったのです。中でも昭和47年(1972)の日中国交正常化で、中国首相から贈られた「パンダ」は日本国民に大きなインパクトを与え、その後も日本で絶滅されたとされた、国際保護鳥「トキ」のペアが贈られたことがあったのです。
これは、過去敵対関係のあった国からの贈り物で、日本人が目にすることのなかった愛らしい「パンダ」や、国際保護鳥の「トキ」だったこともあって、外交の成果として双方の国民に好意を持って迎えられ、国際親善に大きく寄与したのです。しかし、このように国同士の贈り物の交換は話題に上ることはあっても、首脳同士の贈り物の交換は余り話題にされることはなかったのですが、日本で初めて開かれた先進国首脳会議(サミット)の折、ドイツのシュミット首相から大平首相に、ワインが贈られた話が漏れ伝わり、初めて首脳同士の間で贈り物の交換をする習慣のあることを知ることができたのです。
その後、大平首相は贈られたワインの価値を測りかね、そのワインの一本を添えて、その評価をドイツワインファンが集う会に問い合わせてきたのです。贈られたドイツを代表する醸造家・メッテルニッヒ侯爵家の1945年産・ヨハニスベルガー・ロートラック・アウスレーゼを目にした面々は、国歌に詠い込むほどワインを誇りにしている、ドイツ国の首相からの手土産として相応しい価値あるものであること、特に日独両国が敗れた1945年は、ワインの醸造がままならない状況下のヴィンテージ物で貴重品であることを伝えたのです。
しかし、話はそれだけに止まらず、ホスト国日本の大平首相、カーター米大統領、ジスカールデスタン仏大統領、サッチャー英首相、シュミット西独首相、アンドレオッチ伊首相、クラーク加首相等で構成されたサミットに及んだのです。
サミットは、第2次世界大戦終結から30年後の昭和50年(1975)に、2年前に襲った石油危機を、連合国側だけでは解決できない事態に追い込まれ、枢軸国のうち早々に連合国側に加担したイタリアを含め、敗戦国ながら戦後奇跡の経済発展を遂げた日本、ドイツを巻き込んで発足したという事情を話題にし、他の参加国の首脳に比べて、日独の首相の会議に寄せる思いは特別で、その友情の証しとしてワインが贈られたのではないかという結論になったのです。
話はその銘柄とヴィンテージにも触れ、ある人は、第二次世界大戦を同盟国として戦い、共に1945年に敗れながら、戦後の世界経済の牽引車の役目を担ってきた日独両国が、再び手を組んで米、英、仏を相手に立ち向かおうという、シュミット首相のメッセージではないかと云い、またある人は、初めて国際会議を取り仕切る大平首相が成功するように、ナポレオン失脚後のヨーロッパの秩序を話し合う「ウイーン会議」を成功に導いたメッテルニッヒ候にあやかれることを願ったのではないかと云い、別の人は経済優先で自然破壊に狂奔している日本人に、あえて国営醸造所のワインではなく、北緯五十度(樺太の真ん中)の地に位置する、ぶどう成育の北限という厳しい環境下で、醸造された太陽と大地の恵みであるワインを贈って、自然との共生を疎かにしていることに対する警告を込めて贈られたのではないかなどと、日本とドイツの深い絆を思わせる話しが、シュミット首相の贈ったワインを廻って延々と繰り広げられたのです。