ドイツワイン物語

魅惑のワイン試飲会

2018/05/29

ワインの.試飲会には一般の愛好家が集まって、新しいヴィンテージ・ワイン、古希ワイン、珍品ワイン、入手困難な特殊ワインなどの味を楽しむ試飲会と、プロが集まって真剣にワインの味香、品質、価格、銘柄などを吟味し、商業目的の商品として適格かどうかを評価する試飲会があります。
1960年代、日本のワイン文化の黎明期に、光学製品、医薬品を扱ってきたドイツ系商社が、畑違いのワインを輸入するに当たって、開いた試飲会もその一つで、当時のワイン事情を窺うことができます。
銘醸ワインを選ぶ目的で開かれた試飲会に参加した社長、役員、部長のうち、ワインに通暁した社長と、第二次大戦中ドイツに留学経験のある薬品部長を除く、出席者は全くの門外漢だったこともあって、試飲会では多分に社長の意向が反映されたたワインが選ばれたのです。
次に、会社が取った戦略は、日本を代表する酒類の権威者にお墨付きを頂く試飲会を開くことで、白羽の矢が立ったのが、酒酵母の研究で文化勲章を授与された坂口謹一郎博士、国立醸造所所長・鈴木明治博士、東大史料研究所の近衛通隆氏、「暮らしの手帖」社の役員と、会社から社長、薬品部長、広報部長、財務部長が同席したのです。
場所は澁谷・松濤の社長邸で、ホテルオークラにシェフの出張料理を依頼するなど、権威者に礼を尽した舞台で繰り広げられたのです。宴は社長のワインの解説から始まり、参加者の感嘆と称賛の声が飛び交う中、和服に身を糺した坂口博士が、酒の酔いで上気した顔をほころばせると、一番若い財務部長に向かって「あなたは未だお若いからご存じないかも知れないが、今、口にしているドイツ銘醸ワインは、お宅で輸入しているライカと同じ位い価値のあるものなのですよ・・・」と、噛み砕くようにして声をかけたのです。
その後、博士は会社のワインリストに「日本では戦前戦後を通じて物資不足から、酒の質にいろいろな無理な犠牲を払わせた報いで、大衆が本当の酒の良さを忘れかけているように思われる。一方、ドイツでは千年の昔からワイン造りに心魂をささげ尽した公爵家や僧院が今なお残っていて銘醸の伝統を誇っている。かねがね、そういう古法を少しも曲げず、たくさんの人手をかけた少量の良い酒を日本に紹介する人は居ないかと考えていた。ライカの老舗シュミット社でワイン道楽が嵩じて商業的な輸入に踏み切られた由は聞いていたが、このリストの立派さは小気味よいくらいである。今までの日本では求め得ることもできなかった逸品ぞろい。一流の輸入商としての経験もさることながら、ドイツワインを深く愛する心と現地業者との親交を通じて、これだけのものを日本に持ち込んだ手際は誠に鮮やかなものである。お祝いを申し上げると共に、願えることなら将来、このドイツの素晴らしい白に加うるに、フランスの優れた赤をもって同様なリストをお作り頂きたいと思う次第である」と、感想を寄せたのです。
この、博士の言葉からも分かるように、日本には1960年代半ばまでは、今、幅を利かせている新世界ワインは論外として、フランスを始めヨーロッパのワイン生産国の銘醸ワインは、お目見えしていなかったのです。このことからも、銘醸ワインではドイツがその先駆者の栄を担ったことは明らかで、今、すっかり日本に定着したワイン文化の黎明期に、日本の酒の権威者による、華麗で魅惑に満ちた試飲会がその発端となったのです。